大判例

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神戸地方裁判所 昭和31年(ヲ)10号 決定

申立人 近畿不動産有限会社

相手方 村田久雄 外一名

主文

本件各不動産引渡命令の申立を棄却する。

申立費用は、申立人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者双方の申立

申立代理人は、神戸地方裁判所執行吏において、別紙〈省略〉第一目録表示の不動産に対する相手方両名の占有を解き、これを申立人に引き渡すべき旨の命令を求め、

相手方両名代理人は、主文と同旨の決定を求めた。

第二当事者間に争のない事実

登記簿上別紙第一目録記載のとおり表示されている建物は、もと申立外羽藤信明の所有に属していたが、債権者株式会社福徳相互銀行の申立にかゝる当裁判所昭和二十九年(ヌ)第九三号強制競売事件において、右建物につき、同年八月九日強制競売手続開始決定があつて、その差押が宣言され、翌十日強制競売申立の登記を経由し、申立人は昭和三十年十月二十七日競落許可決定を受け、その確定をみて、競落代金の全額を支払つた。しかるところ、同強制競売事件において執行吏木村良修が昭和二十九年九月十日附で裁判所に提出した賃貸借取調報告書には、執行債務者でない田中房子とその家族及び同居人が、右第一目録表示の建物を占有しているけれども、賃貸借は存在しない旨の記載がある。そして、同執行吏が現地に当つて賃貸借の取調をした建物には、現在相手方両名が、右田中房子らと入れ替つて居住しているのである。

第三争点

申立代理人は、「相手方村田久雄は、本件競落建物に対する差押の効力が発生した後、前居住者田中房子から買い受けたと称して同建物の占有を開始したものであり、相手方清水洋子は、同村田の内縁の妻であつて、これに随伴して右建物に居住しているものである。従つて、右相手方両名は、何等競落人たる申立人に対抗し得べき権原なくして同建物を占有している次第であるから、これを申立人に引き渡すべき義務があるといわなければならない。相手両名は、その占有建物と申立人の競落家屋とが別個であるというが、右は、申立人の競落不動産について、明渡義務を免れるため差押後二重の登記がなされたことに基く強弁にすぎない。」と主張した。

相手方両名代理人は、「相手方両名の現住家屋は、登記簿上別紙第二目録記載のとおり表示されているものであつて、申立人が競落した第一目録表示の不動産とは、所在位置、家屋番号、構造、床面積、固定資産税の課税標準たる評価額等を異にし、同一物件ではない。執行吏が相手方両名の現住家屋につき賃貸借取調をしたのは、目的物件の誤認に基くものである。従つて、右両家屋が同一物件であることを前提とする本件不動産引渡命令の申立は、理由がない。」と答えた。

第四証拠の提出、認否及び援用〈省略〉

第五当裁判所の判断

申立人が、債権者株式会社福徳相互銀行、債務者羽藤信明間の当裁判所昭和二十九年(ヌ)第九三号強制競売事件において、別紙第一目録表示の建物につき競落許可決定を受け、その確定をみて競落代金を完納したことは、当事者間に争がない。

よつて、以下右競落不動産の引渡命令を本件相手方両名に対して発することが、法律上許されるかどうかについて判断する。

まず、右強制競売事件において、本件競落不動産につき昭和二十九年八月九日強制競売手続開始決定があり、その差押が宣言され、翌十日競売申立の登記がなされたことは、当事者間に争がなく、かつ、同決定が同月二十四日債務者の羽藤信明に送達されたことは、同事件の記録上明らかであるから、こゝに右不動産に対する差押の効力が発生し、対抗要件を具えるに至つたものというべきである。そして、成立につき争のない甲第一及び第二号証、乙第一号証、方式及び趣旨により成立を推認し得べき同第五乃至第七号証及び右強制競売事件記録中の競売申立書添附書たる家屋台帳謄本、証人木村良修、同平島新之助、同土井原佳衛及び同山田正光の各証言、検証の結果、並びに、弁論の全趣旨を綜合すれば、本件競落建物は、久しく家屋台帳上第一目録記載どおりの表示の下に債務者羽藤の所有名義を以て登録されていただけで、未登記のまゝであつたが、前述のとおりこれに対し強制競売手続の開始を見るに及び、競売申立登記と同日附を以て、右家屋台帳上の表示どおり同所有名義に保存登記を経たものであること、しかるに、同家屋には、差押前の昭和二十五年頃から債務者でない田中房子が、――いかなる権原に基いてかは証拠上必らずしも明らかでないが、――その家族や同居人等と共に居住していたので、その明渡義務の履行を免れるため、司法書士山田正光に手続の履践を依頼し、昭和二十九年十一月四日、右登記済の家屋につき重ねて、第二目録記載どおりの表示を以て右田中房子の所有名義に保存登記手続をしたこと、相手方村田久雄は、昭和三十年六月二十七日、右田中との間の同月二十五日附売買を原因として第二目録表示の家屋の所有権取得登記を経た上、内縁の妻相手方清水洋子と共に、その頃右田中から本件競落建物の占有を承継し、今日に至つていることが認められる。成立につき争のない乙第二号証の一、二及び同第三号証、並びに、証人田中房子の証言はいずれも右認定を覆すに足りない。

これを要するに、相手方両名は、本件競落不動産に対する差押前からの占有者であつて債務者でない者から、差押の効力が発生し対抗要件を具えた後においてその占有を承継し、現在に至つているものというべきである。

民事訴訟法第六百八十七条(競売法第三十二条第二項により任意競売につき準用される場合も含む。)に基く競落不動産の引渡命令を発し得べき相手方の範囲を確定することは、理論上必らずしも容易な問題ではない。同条には単に「債務者」を掲げるに止まるが、右は、債務者が競落不動産を占有している通常の場合について立言しているにすぎず、特に債務者以外の者を除外する趣旨ではない。(因みに、ドイツ強制競売及び強制管理に関する法律第九十三条第一項は、競落許可決定を債務名義として、競落物件の「占有者」に対し退去及び引渡の強制執行をすることを認めているのである。)殊に、債務者(以下任意競売の場合における担保不動産の所有者を含めて「債務者」という。)の一般承継人に対し不動産引渡命令を発し得ることには、多く異論を見ないであろう。更に、競落不動産に対する差押の効力が発生し対抗要件を具えた後において、債務者から買受、地上権設定、質受、賃借等を原因にその占有を特定承継した者も、その権原の取得を以て競落人に対抗し得ぬ占有者であるから(民事訴訟法第七百条第一項第二号参照)、これに対し不動産引渡命令を発することは、理論上可能である(福岡高等裁判所昭和二十九年四月三十日決定・高等裁判所民事判例集第七巻第四号三九一頁以下登載参照)。

しかしながら、右に掲げた以外の競落不動産の占有者、すなわち、差押前に債務者からその占有を特定承継した者とその承継人、並びに、債務者に対し承継関係に立たない占有者は、その占有開始の時期が差押の効力の発生する前であるか後であるかを問わず、また、実体法上その占有権原を以て所有者たる競落人に対抗し得ると否とを問わず、すべて不動産引渡命令の相手方に親まぬものであり、これに対しては、競落人において所有権に基く競落不動産引渡請求訴訟を提起する外はないと解するを相当とする(大審院昭和十二年四月二十三日判決・法学第六巻第九号登載参照)。もつともこの点については若干右と異なる趣旨の前提に基いて立論している判例(福岡高等裁判所昭和三十年十一月五日決定・高等裁判所民事判例集第八巻第八号第五七九頁以下登載)もあるので、なお当裁判所の見解に説明を加えたい。

民事訴訟法第六百八十六条は、「競落人ハ競落ヲ許ス決定ニ因リテ不動産ノ所有権ヲ取得スルモノトス」と規定し、また、競売法第二条第一項は、「競買人ハ競落ニ回リテ競売ノ目的タル権利ヲ取得ス」と規定しているが、右は、もとより債務者からの承継取得であるから、債務者以外の者の所有不動産につき誤つて競売手続が進行した場合(かかる場合は、同法第六百四十三条第一項第一号、第二号、競売法第二十四条第三項、第五項、民事訴訟法第六百五十三条、競売法第二十六条第二項との関係上稀有ではあろうが、決して皆無ではないのである。)、競落人は、その競落不動産の所有権を取得するに由がない。同様のことは、債務名義なくして開始される任意競売手続が、その申立の原因たる先取特権や抵当権が全然存在しないにもかかわらず進行し、又は、これらの担保権が設定されていない不動産につき進行したときにもいえるのである。かような場合でも、債務者とその一般承継は勿論、差押後の特定占有承継人も、一応差押による処分禁止の効力に拘束される以上、その差押にかかる占有不動産を競落人に引き渡さねばならないのは当然であるが、しからざる占有者は、その占有開始時期の如何にかかわらずすべて右差押の効力を受けぬ者であるから、所有権を取得しなかつた競落人に対し、かかる引渡義務を負ういわれがない。さらばとて、競落人がその競落不動産の所有権を取得したときに限り、すべての不法占有者に対し不動産引渡命令を求め得ると解するならば、いきおいその申立の当否を審査する裁判所において、右所有権取得の事実の有無を確定するため、競売開始前の事情まで遡つて調べる必要があるとせねばなるまい。その結果は、殊に任意競売手続に附随して不動産引渡命令が申し立てられた場合、相手方において競売申立の原因たる抵当権等が存在しなかつたことを主張し、競落人の所有権取得を争うことにより、しばしば困難な問題を惹起することになろう。しかし、かくのごとき審理は、強制競売又は任意競売の附随執行手続として簡易迅速を旨とすべき不動産引渡命令の制度上、不要であるのみならず許すべからざるところと考える。

ひつきよう、不動産引渡命令に関する法条は、競落人保護のための規定であつて、競落によつて取得された所有権保護のためのそれではない。従つて、競落人の所有権に対抗し得ぬ不法占有者であるとの理由を以て、差押の効力に無関係の占有者にまで不動産引渡命令発布の相手方の範囲を拡張することは、制度本来の目的を不当に逸脱するものと断ずべきである。

してみれば、本件相手方両名が、果して実体法上申立人に対抗し得る権原に基き本件競落不動産を占有している者かどうかはしばらくおき、一応右不動産に対する差押の効力に拘束されぬ地位の占有者であることは、前認定事実からして疑いないから、これに対する本件各不動産引渡命令の申立は、失当であるといわなければならない。よつて、これを棄却することとし、なお、申立費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 戸根住夫)

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